みんな抱えている性生活の悩み
安宅 大輝さん
東邦大学医療センター大森病院 不妊症看護認定看護師
全国で2人目の男性の不妊症看護認定看護師として、不妊に関する悩みを抱えるカップルに必要な情報を提供し、意思決定を支援している。また、がん患者さんの性や生殖の問題に対する支援の充実にも取り組んでいる。
患者さんもパートナーも漠然とした不安を抱えている
がんの治療中あるいは治療後の性生活の悩みは多くの方が抱えているけれど、とてもデリケートな問題なので、親しい人にも相談できず、一人で悩んでいる方が少なくないのではないでしょうか。それはあなた自身だけでなく、パートナーも同様かもしれません。乳がん患者さん400名を対象としたアンケート結果1)からも、とくに手術後の性生活に悩んでいることがうかがえました。
一人で悩みを抱えないで一緒に考えてみませんか? あなたに合った対応のヒントが見つかるかもしれません。
1)〈調査の概要〉
対象:日本国内の乳がん患者さん400名
期間:2012年2/22~2/24
手法:web調査
〈出典〉
桜井なおみ:「乳がん患者400名の日常生活調査 第2回」医薬経済 1422号 p52 2012
桜井なおみ:「乳がん患者400名の日常生活調査 第3回」医薬経済 1423号 p50 2012
がん治療によって起こり得る影響とは
がん治療によって、いろいろな性機能障害が起こることがあります。その影響は治療の種類によって異なりますし、その程度も異なります。また、すべての方に起こるわけではありません。ここでは治療の種類によって起こり得る性機能への影響について説明します。
手術(卵巣摘出、子宮摘出)による影響
卵巣摘出による影響
卵巣機能が低下または喪失し、女性ホルモンの分泌が抑えられます。それによって、腟の分泌液が減少したり、腟の委縮がみられることがあり、性交時に痛みを感じるかもしれません。また、性欲が低下する可能性があります。
子宮摘出による影響
腟の縫い合わせた部位で性交時に痛みを感じることがあります。摘出範囲が腟まで及ぶ場合、腟の長さが短くなるため、深く挿入できなくなる場合があります。骨盤底の神経を損傷するとオルガズム障害が起こる可能性もあります。
放射線療法による影響
卵巣機能への影響
腹部・骨盤部に照射が行われた場合は卵子への影響が強く、照射される放射線の量が増えるほど卵巣へのダメージは大きくなり、卵巣機能が低下します。卵巣機能が低下すると、前述の通り、性交時に痛みが生じたり、性欲が低下する可能性があります。
なお、子宮頸がんや子宮体がんで放射線療法を行う場合には、卵巣の機能を温存させるために放射線の被ばくを避けて放射線が当たらない場所に卵巣を移動し固定する場合もあります。
腟への照射の影響
腟壁が影響を受け、腟が癒着したり腟内が狭くなったりすることで、挿入しにくくなることがあります。
抗がん剤、ホルモン療法による影響
抗がん剤(化学療法)によって卵巣機能が低下し、女性ホルモンの分泌が抑えられます。影響の程度は抗がん剤の種類、投与期間や量、年齢によって異なります。また、ホルモン療法によっても女性ホルモンの分泌が抑えられます。どちらの薬物療法も卵巣摘出時のように、腟分泌液減少や腟委縮による性交時の痛みが生じ、性欲低下に繋がるかもしれません。乳がんのホルモン療法は5年または10年になるため、その影響も長期間にわたるかもしれません。
実は心理的要因による影響も大きい!
がん治療によって生じる性機能障害はありますが、心理的な要因によって性欲が低下したり、性嫌悪症(性的な行為に対する拒絶)となることも実は多いのです。
心理的要因はこんなにたくさんある!
心身の回復が追いついていない
- 腟分泌液が少なくて痛いけど、パートナーに気を遣って我慢し続けている
- 放射線や抗がん剤の治療で、倦怠感がつらくて性交どころじゃないのに、求められてしまう
ボディイメージの変化による性的魅力に対する自己イメージの否定
- 手術創やリンパ浮腫、ストーマを造ったことで、パートナーに魅力を感じてもらえないのではないか
- 乳房を切除したことで、パートナーがどう思うか不安
- 放射線や抗がん剤の治療で、髪の毛だけでなく、まつげや眉毛、全身が脱毛、あるいは、皮膚や爪が変色してしまい、魅力を感じてもらえないのではないか
正しい知識がないことで生じるさまざまな不安
- 性交によって腟の縫い合わせた部位が破綻しないか
- 性交によってがんが再発しないか
- もう性交ができなくなってしまったのではないか
誰にも相談できず、一人で悩んでしまうと、恋愛や性行動に対して消極的になってしまうことがあるかもしれませんね。さあ、ここから、みなさんの不安が少しでもやわらぐように一緒に考えてみましょう!
対応のしかたはいろいろあります!
性機能障害に推奨される対応とは
卵巣機能低下による腟分泌液減少には?
ホルモン補充療法:
エストロゲンやプロゲステロンといった女性ホルモンを補充する方法があります(がんの種類や治療の状況によって適応できない場合があります)。
潤滑ゼリー:
外陰部に塗るタイプと挿入するタイプがあります。ドラッグストアやインターネットでも購入できます。
腟委縮を予防するには?
腟ダイレーター:
がん治療後に腟内に挿入することで腟委縮を予防します。使用を希望される場合は、医師の許可が必要となります。
日本性科学会HP 腟ダイレーターについて:
https://sexology.jp/dilator-html/
ボディイメージの変化への対応には
乳房の手術後には:
さまざまな下着や補正パッドがあります。
ストーマ造設後には:
パウチが目立たない工夫として、ベージュのパウチやパウチカバー、ストーマやパウチを隠せる腹巻があります。
リンパ浮腫には:
保湿などのスキンケアやリンパマッサージなど、日頃からのセルフケアが大切です。また、部分的に締め付けないように、ゆとりのある服装が望ましく、きつい靴や高いヒールの靴は避けましょう。
脱毛のケアには:
いろいろな種類のウィッグや帽子があります。多様なデザインを楽しまれる方もいます。
皮膚や爪の変化には:
メイクアップやネイルケアの指導をしている医療機関もあります。
パートナーの理解を深めてもらうには
性生活に関する問題はパートナーの理解が必要不可欠です。ではいったいどのようにしてパートナーに理解してもらったらよいのでしょうか。とはいえ、心身の回復が不十分、自分のボディイメージを否定したくなる、再発が心配…など、さまざまな不安な気持ちを抱えている状態では、なかなかパートナーに話す勇気は出ないですよね。まずはどんな対応のしかたがあるのか、あなた自身が知ることが必要かもしれません。
そのうえで、
- がん治療が性機能に及ぼす影響について正確な情報を共有しましょう
- あなたの不安や悩みに対応できそうな方法を知ってもらいましょう
- わからないときは、あなたが信頼できる医療関係者に相談してみましょう
- あるいは同じような悩みをもつ、ピアサポートのグループにアクセスしてみるのもよいでしょう
- あなたに合った支援サイトが見つかるかもしれません
あなた自身が正しい情報を理解し、少しでも不安が解消されたら、パートナーと話し合ってみませんか?
気になった時、相談できる医療機関の窓口があります
「看護外来」ではさまざまな不安や悩みを相談できます
医療機関によっては、不妊症看護(生殖看護)認定看護師や、がん看護専門看護師、乳がん看護認定看護師、皮膚・排泄ケア認定看護師、がん化学療法看護(がん薬物療法看護)認定看護師など、さまざまな専門領域の知識と経験を持った専門・認定看護師が「看護外来」として、患者さん一人ひとりに合わせた支援を行ってくれる窓口があります。必要に応じて、パートナー同席での相談や適切な対応ができる専門医などにつなぐことも可能です。なかでも、不妊症看護(生殖看護)認定看護師は、性と生殖に関するスペシャリストとしてあなたの力になってくれるでしょう。
支援サイトやピアサポートグループも手助けになるでしょう
乳がんの患者会や婦人科がんの患者会など、患者会は全国各地にたくさんあります。患者会には同じような悩みをもった方がいるかもしれませんし、そういう悩みを乗り越えてこられたピアサポーターの方々もたくさんおられます。ご家族には相談しづらい悩みも、ピアサポーターの方になら打ち明けられて、経験に基づくアドバイスがもらえるかもしれません。あなたに合った支援の場が見つけられるといいですね。一方、インターネット上にはさまざまな情報が氾濫しています。正しい情報をキャッチするためには、信頼できるサイトの情報を収集しましょう。
たとえば、若くしてがんになったAYA世代の方を支援するサイトには、厚生労働省の研究班から設立された「AYAがんの医療と支援のあり方研究会(略称:AYA研)」のポータルサイトがあり、AYA世代がん患者さんのための、知りたいときに知りたい情報だけを提供可能なLINE公式アカウントが開設されています。
(https://aya-ken.jp/line)「2021年12月時点」
また、厚生労働省の「小児・若年がん長期生存者に対する妊孕性のエビデンスと生殖医療ネットワーク構築に関する研究」班からは、性機能や妊孕性、妊娠・出産に関する情報提供を目的とした「小児・若年がんと妊娠」というポータルサイトも開設されています。
(http://www.j-sfp.org/ped/index.html)「2021年12月時点」